もうすぐ終わるかな

前の記事から2ヶ月過ぎましたね。

7月中は短期間のアルバイトもありなかなか忙しい毎日でした。

相続関係は

遺産分割協議を作成してもらい、

相続税の申告が終わり、

実家や田舎の土地の売却先の見通しがたち、

実家の動産物の撤去も終わり、

 

とだいぶ進みましたね。

遺産分割協議については私にとっては不本意な内容になってしまいましたが、これ以上長引かせることによるストレスの大きさを考えれば仕方ないかな、と。

 

それでも遺してくれた父には感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうね。

 

生前は父が自分の財産についてことあるごとに報告してくるのが鬱陶しくて。何だか恩着せがましい感じがして。

それが父の愛情表現だったのでしょうか。

そんなことしなくていいのに、もっと父自身の話しを聞きたかったし、私の話しも聞いて欲しかった。普通の会話で良かったのに。

 

不器用なんですよね父は。

 

直接伝えることができなかったけど、本当にありがとうお父さん。

疲れが…

ここに来て、今までの疲れが出てきたようです。精神的な。

 

父が倒れ、亡くなり、その間の2年半、その後の半年。

 

いろんな事があり、いろんな気持ちを味わいました。

 

いろんな気持ちの底にあるのは「寂しさ」ですかね。

 

その「寂しさ」のおかげで、今の私が持つ「幸せ」を気づかせてくれた。それはとてもありがたいことでした。

 

でも心の底に「寂しさの川」みたいなものが流れていて、今その流れをじっと見ている感じ。

 

今はそんな時期なのかもしれません。

父の日記②

すっかりごぶさたしてしまいました。

 

父はまめに日記を書いていました。

行数は6行くらいですが、毎日欠かさず書いていたようです。

内容はごく簡単に、どこに行った、誰から連絡きた、など。

 

特に、銀行や郵便局、その他金融関係のことはきっちり書いてあり、これが今回とても助かりました。

 

それで思ったのが、

 

お金の流れ。細かいものはともかく、ある程度まとまった金額の出し入れは、通帳でも良いし、または、メモ帳でもいいので、まとめて書いておくと良いかもしれないなと。ネット銀行などは通帳が無いし。

 

父の日記、今回とてもとても助かりました。

 

でも一方で、ページをめくっていくと、父の日々の様子が垣間見えて、なんとも言えない気持ちにもなりました。

 

母は10年程前に亡くなり、一人暮らしだった父。

 

人付き合いも、もともと無かった、会社人間だった父。

 

庭いじりや日曜大工は好きだったので、家の中のことは小まめにやっていました。

 

日記からはそんな父の日常が、私の前に改めて映し出され、いろんな思いや感情が湧き上がってきました。

 

日記。

 

自分がこの世を去ったあと、家族がそれを見つけた時、家族はどのように思うのか。

簡単に処分することもためらってしまうだろうし。

 

そんなことまで考えさせられた、父の日記でした。

 

 

 

 

父の日記

この処、亡父の日記を読む?見る?、ことが多々あります。

 

故人の来し方をしみじみと偲ぶ、なんていうお話しではありません。

 

現在、父の相続にかかる手続きについて、税理士事務所にお願いをしてます。重要なところでは相続税の申告。

 

なんやかんやで、やはりきちんと手続きをしなくてはならなくて、とても自力ではできないので税理士さんに依頼しました。

 

必要な書類を一式提出してあとはお任せ。

 

やれやれ、と肩の荷が降りた心地でいました。が…。

 

先日、事務所から「書類の確認をしたいので」と連絡があり、伺いました。

 

税理士さんの方ですでに提出した書類を細かくみていただいた上で、不明な点についていろいろ質問を受けました。大抵はその場で答えることができましたが、私でも分からないことも何点か。

 

父の預金通帳を提出してましたが、その中のお金の流れについてです。

 

几帳面な父は通帳にメモ書きしてまし、税理士さん側でも何冊もの通帳を突き合わせて判明したものの、「このお金は何に使った?」、が分からないものが数件。

 

そこまで調べなくてはいけないの?と思いますが、税理士さんは相続税の申告先である国税庁の視点で、申告書類に不備のないように準備して下さってます。

 

ならばこちらも分かる範囲で調べなくては…

 

そこで役にたった?のが父の日記。

 

実家にはおよそ15年分の日記帳が遺ってます。ほぼ毎日、父は日記をつけていました。

 

この続きはまた後ほど。